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2010/04/19

今日は二本目

小説の続き。
別枠で更新します。

pig連載小説「リサイクル」(15)

土曜から恭介とはほとんど口をきいていない。
絵里がすねているわけではなく、夫が家族から距離をおいているのだ。
家族の間で何か面倒なことがあった時、恭介はいつもそうする。まるで自分はその空気に染まりたくないと言っているかのようだ。
絵里にはそれが腹立たしく、そして疑問だった。
夫は自分の何を守りたいのだろう。
夫が書斎へこもればこもるほど、絵里は家事を完璧にする。本当は当てつけなのかもしれないが、恭介は気づく様子もなく、「いつもありがとう」などとほめたりする。
今朝も完璧な朝食を用意し、夫がテーブルにつくのを待つ。
7時半ぴったりに部屋から出てくる気配がした。
「おはよう」
子供たちへ声掛けし、席に着いた。
「今日は随分リッチな朝ごはんだね」
キッチンの絵里へ言って箸を取る。
「週の始まりだから、しっかり食べて行って」
絵里は忙しいふりをして目を合わせなかった。
母も、と絵里は思う。
母もこんなふうに自分をだましながら私を育てたのだろうか。
いいえ、違う。
母にはそんな卑屈さはない。
だから、相談できないのだ。
母の横顔に少しでも自分が重なれば、迷うことなく愚痴を話しただろう。
共有できない愚痴はただの悪口になってしまう。
「あらあら、私たちまで巻き込んで結婚までこぎつけたのに、もう悪口?」
屈託のない笑顔で、母はきっとそう言うだろう。
華奈の好きなウサギのキャラクターのランチバッグに出来上がった弁当を入れる。紐をついきつめに結んでしまったのに気付き、慌ててほどいた。
「ママ、きょうのおべんとなあに?」
食器を下げに来た華奈が背伸びして覗き込む。
「今日はね、うさこちゃんのお顔だよ」
「わー、いまみたい、いまみたい!」
「だーめ。お弁当の時間まで楽しみに待ちなさい」
「はーい。ともきくんにみせるんだ」
智輝の母親はキャラクター弁当が得意でブログも開いているらしい。何となく出来上がっているいくつかのママさんグループの中で一目置かれている中心人物だが、絵里を意識しているらしく、何かとからんでくる。
棘だらけのほめ言葉に最初は戸惑った絵里だが、最近はうまく受け流せるようになった。
とにかく笑顔で「ありがとうございます」と答える。何も考えない。馬鹿の一つ覚えのように「ありがとうございます」を繰り返す。
彼女を見ていると、学生時代の自分はこんなかんじだったのかもしれないとぞっとする。
常に誰かに囲まれている人間は、自分に注目しない者が気になる。
異性ならば恭介のように恋愛対象にもなりうるが、同性ならばただの敵だ。そのことは絵里が一番良く知っている。だから逆らわない。
「ごちそうさま」
恭介が席を立つ。いつもながら食べるのが早い。本当に味わってくれているのか、そんなことまでも疑うようになっていた。
エプロンで手を拭きながら夫の後を追う。
書斎に戻って鞄を持ってくる間、絵里は寝室のクローゼットからハンカチを出してくる。
いつもの流れだ。どんなに恭介に苛立っていても、絵里は必ずハンカチを持って送り出した。
「今日は少し遅くなると思う」
靴を履きながら恭介が言う。
残業はない。この街ではしてはいけないのだ。
だから仕事にかこつけての帰宅拒否ができない。
男たちは皆勤手当と称したビール券をポケットに、毎晩どこかで時間を潰す。
恭介は佐藤と呑んでくるか、図書館で調べ物をしてくるかのどちらかだった。
「佐藤君と?」
「いや、図書館に寄る予定」
「わかった。じゃ、夕ご飯は食べるのね」
「ああ、軽くでいいよ」
「適当に用意しておくわ」
ハンカチを渡した手を恭介の肩に伸ばし、唇を差し出す。
彼が身をかがめキスをしてくれる瞬間に、妻としての実感がある。
自分の唇が避けられない限りは、この人の妻でいられる。
消極的な自信。だが絵里はそれすらにもすがりつきたかった。猜疑心に囚われた自分を忘れられる一瞬であるからだ。
「いってらっしゃい。気をつけて」
いつもと変わらない細い背中を、ドアがゆっくりと遮って行った。